慶応義塾大学医学部耳鼻嗚咽科専任講師
神崎 晶(かんざき しょう)
中耳炎とは、耳の3つの区画(外耳・中耳・内耳)のうち、中耳とよばれる部分が菌に感染するなどして炎症を起こしている状態です。中耳炎になると耳に痛みを感じたり、耳から膿などが出たり、小さなお子さんの場合は機嫌が悪くなることもあります。
中耳炎は生後半年~5歳くらいまでに発生することが多いと言われています。小児は大人と比べて菌に対する抵抗力が少ないことや、耳と鼻の距離が近いため、耳管(耳ぬきするときに空気が通る管)が太くて短く、鼻が詰まりやすいことなどが中耳炎になりやすい理由だと言われています。それに対して大人は耳管が細く長いことに加え、子どもよりも抵抗力があるため、中耳炎になりにくいと考えられています。
5歳を過ぎて徐々に抵抗力がついてくると、菌への感染リスクが減少して中耳炎になる可能性も低下します。
しかし、大人でも中耳炎が発症する可能性はあるのです。大人の中には自分で中耳炎が発症していることに気づかず放置して、重篤化してしまう人もいるので注意しましょう。
今回は慶應義塾大学の神崎晶先生に、大人の中耳炎の特徴についてお聞きしました。
「抗生剤の発達によって近年大人の中耳炎患者はだいぶ減ったと言われていますが、大人が中耳炎を発症する可能性もゼロではありません。大人の中耳炎の主な原因は、風邪や鼻炎などで鼻がつまっていたり、気圧の変化に対応できなかったりすることなどがあげられます」(神崎先生)
風邪、鼻炎、花粉症、副鼻腔炎等で鼻のコンディションが悪いと、上咽頭と呼ばれる部分に鼻水が溜まってしまいます。上咽頭と中耳は耳管と呼ばれる管でつながっているため、鼻水に含まれる細菌やウイルスが耳にまで伝わり、炎症を起こして中耳炎となってしまうそうです。
「また、航空性中耳炎といって、飛行機に乗ったときに発症する中耳炎もあります。鼻炎や風邪などによって鼻の調子が悪いときに飛行機に乗ると、耳ぬきがうまくできずに中耳炎を誘導してしまいます」(神崎先生)
耳ぬきとは、耳から鼻に空気が出入りして圧を調整する機能。この耳ぬきがうまくできないと、離着陸時などの気圧の変化によって耳の中の空気が膨らみ、鼓膜が内側から押されて膨れあがってしまいます。これによって痛みを感じたり、鼓膜の血管が切れて耳から出血したりしてしまう場合もあるといいます。
スキューバダイビングで深いところにもぐって水圧が変化したときにも、このような症状が出ることがあるそうです。
中耳炎の主な症状は、耳の痛みと耳から膿などが出る耳垂れが代表的です。中耳炎のくり返しで耳の中に膿が溜まったり、炎症が悪化して鼓膜に穴が開いたりしてしまうケースもあるそうです。こうなると、耳が聞こえにくいなどの症状も出てきてしまいます。
その他、発熱やめまい、頭痛などの症状についてはどうなのでしょうか。
「『中耳炎になったら発熱した』と記憶している人もいるかもしれませんが、風邪が原因で中耳炎になるケースが多いので、風邪による発熱を中耳炎によるものだと思い込んでいる可能性もあります」(神崎先生)
中耳炎よりもさらに奥にある「内耳」という部分が炎症を起こす、内耳炎という病気もあります。内耳炎は「体のバランスのセンサー」と「聞こえるセンサー」の両方に影響を与えるので、それによって平衡感覚に支障をきたすこともあります。そうなるとめまいを実感する方もいるでしょうが、中耳炎だけではめまいは起こらないと神崎先生は話しています。
「中耳炎は耳の痛みを引き起こしますが、頭痛の原因になりません。むしろ、発熱があって頭痛になったり、中耳炎から髄膜炎に拡がったりすることで頭痛が引き起こされます」(神崎先生)
大人の中耳炎は軽症であれば、自覚症状がほとんどないケースもありますし、その場合は自然治癒することもあります。
しかし、放置したことで菌があちこちに広がってしまうと、内耳に拡大すれば内耳炎の原因となる恐れがあり、髄膜にまで及べば髄膜炎を発症する恐れもあるそうです。内耳炎は頭痛や難聴などの症状を招きますし、髄膜炎はひどい頭痛や倦怠感、重症化すると意識障害などの致命的な症状となる可能性もあるので要注意です。
「自覚症状が出ていても、忙しくて放置してしまう人もいると思います。しかし、放置したせいで、入院することになったり、合併症を引き起こしたりすることもあります。少しでも不安なことがあれば、耳鼻咽喉科を受診するようにしましょう」(神崎先生)
航空性中耳炎などの突発的なものは急性中耳炎に分類されますが、炎症が悪化して鼓膜に穴が開いている状態を慢性中耳炎と呼びます。
慢性中耳炎になると、耳の聞こえが悪くなったり、耳だれが続いたりといった症状が出ます。幼少期から中耳炎を何度もくり返していたという人は、慢性中耳炎である可能性があるので注意しましょう。
慢性中耳炎は痛みを伴わないことが多く、本人が全然気づかないまま症状が進行していることもあるそうです。悪化させないためにも、心当たりがあれば早めに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
大人の中耳炎は軽症であれば自然治癒するケースもありますが、リスクを最小化するためにも耳鼻科で適切な治療を受けるのがベスト。
「耳鼻咽喉科では、まずは耳の中を見て炎症をチェックします。中耳炎だと判明すれば、原因となっている鼻の治療をしながら抗生剤で炎症を抑えます。炎症は抗生物質を飲めば一週間以内で治ることが多いです」(神崎先生)
痛みがあれば痛み止めを処方し、膿がたまっている場合は膿を吸い取り、鼓膜を切開して膿を出し切ってしまうこともあるそうです。中耳炎が慢性化して鼓膜に穴が開いている場合は、手術をすることも。
「常に鼻をすすっている人は、中耳炎になりやすいので要注意です。鼻をすするということは、出るべき鼻を常に中に押し込んでいるのです。日本人は比較的鼻をすする人が多いと言われています。中耳炎が慢性化している人や何度も再発している人は、鼻をすする方が多いです」(神崎先生)
また、高齢者に多いのが滲出性中耳炎という別の種類の中耳炎です。
「中耳粘膜と呼ばれる粘膜からは、わずかですが分泌液があります。この分泌液が鼻からスムーズに出るのが理想ですが、炎症などが原因で中耳に溜まったままになってしまうことがあります。これが滲出性中耳炎です」
滲出性中耳炎は痛みがないため気づきにくく、一度発症すると治りにくいという特徴があります。耳がつまるような感じや、難聴などの症状が出ます。特に高齢者は加齢による難聴と勘違いをして、滲出性中耳炎を放置している人も少なくないそうです。
「アデノイド(咽頭扁桃)という扁桃組織が大きい人も中耳炎になりやすいです。アデノイドが大きいとそこに菌が付着して、その菌が耳にまで到達してしまうことで中耳炎を引き起こす可能性が高まります」(神崎先生)
子どもの病気と思われがちな中耳炎ですが、実は大人にも発症するリスクがあることがわかりました。
特に花粉症や鼻炎などのアレルギー体質で鼻がつまりやすい人や、風邪で鼻がつまっているときは注意が必要なようです。
鼻をすすったり、つまっていたり、鼻のコンディションが良くない期間が長いという人は、中耳炎発症リスクを軽減するためにも一度耳鼻科で相談をしてみるとよいかもしれません。
「たかが鼻づまり」とあなどらないほうがよいでしょう。
この記事の監修
慶応義塾大学医学部耳鼻嗚咽科専任講師
医学博士/日本耳鼻咽喉科専門医
神崎 晶(かんざき しょう)
日本耳鼻咽喉科専門医、アレルギー学会専門医、補聴器適合判定医、補聴器相談医、騒音難聴認定医、めまい相談医。日本耳鼻咽喉科学会、日本耳科学会、日本聴覚医学会、アレルギー学会など多数の学会に所属。2013年、1st Global Otology Research Forum(GLORF)Award(第1回グローバル耳科研究フォーラム賞)、平成26年度日本医学会医学研究奨励賞、財団法人長寿科学振興財団 会長賞(平成19年度)
など受賞歴あり。
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