聖マリアンナ医科大学 特任教授
井上 肇(いのうえ はじめ)
夕方になると足がパンパンになったり、お酒を飲んだ翌日は顔が2倍に膨れてる……なんて経験ありませんか?
ダイエットをしているのに痩せるどころか見た目も体重も増えている、これらの原因となっているのが「むくみ」。
むくみの原因とその解消法を聖マリアンナ医科大学 特任教授・井上肇先生に聞いてみました。
私たちは重力のある世界で生活していますから、重量のあるものは必ず地球の中心に引っ張られます。滝が上から下に流れる仕組みと同じなのです。私たちのからだの約60%は水分で構成されています。約60兆個といわれている細胞の中身(細胞質)と、血液、リンパ液で体液が構成されているのですが、例外なくこういった水分も重力で下に引っ張られます。長時間の立ち仕事などをしていると、足がむくんで「靴下の跡がくっきりとついた」、「ブーツが履けなくなった」などと訴える人が多くいますよね。要するに下肢や末梢に水が落ちていく、すなわちむくみが起こっているのです。
むくみの原因の前に、からだの仕組みについてお話しましょう。血液は心臓のポンプ力で強制的に循環しているので、立っているときは重力の影響で足に血液が溜まりやすい傾向にありますが、ポンプの力で血液が溜まらないように汲み上げていると考えてください。
一方で、リンパ液はリンパ管を流れているのですが、これはリンパ管に心臓のようなポンプはついていないので、強制的な循環をおこなうことはできません。
そのため、私たちは筋肉の運動でリンパ液を循環させています。ですから、長時間立ったままでの仕事で足の筋肉を動かさないと、どうしてもむくみが起こります。要するに、組織内に水が漏れ出てきた状態をむくみと考えて差し支えありません。
また、私たちのからだは正常に維持され、必要な場所に必要な水分を配給しています。この需要な要になるのが「浸透圧」と呼ばれるものです。血液中の“アルブミン”というタンパク質は血管内に水を保持して、まさにむくみを予防する重要な働きをしています。同時に、ナトリウムとかカリウムとかのミネラル(塩分)は、この濃度の微妙な差で絶妙に体液量を維持しています。ですから私たちは塩分の濃い食事をしても、尿をつくるホルモンがバランスよく働いて、余分な塩分をできるだけ尿に排泄して、身体のナトリウムなどの濃度を一定に保とうと努力しますが、排泄が追いつかないときには、逆に水分をからだに留めて、からだの濃くなりすぎる塩分を薄めて一定に保とうと働きます。
この時に血管内に留めきれなくなった水分が細胞の間に漏れ出てむくみを引き起こします。
このように、生活環境や、食環境によって、身体のむくみは左右されます。普段健康な人がむくみを訴えるときは、まずその前日の食生活やその日の生活環境を思い出してみてください。
一方で病的にむくむ方がいらっしゃいます。これは、一般的には腎疾患が挙げられます。慢性・急性腎不全やネフローゼ症候群が機序は違いますが、全身性にむくみの症状が表れますし、慢性心不全などでも循環障害による腎機能の低下でむくみを引き起こします。 肝機能不全や高度の飢餓状態などではアルブミンが低下してしまい、血管内に水を維持できずにむくみをきたします。
その他、甲状腺機能や副腎機能の疾患でむくみをきたす場合、また、女性に多い下腿静脈瘤による足のむくみもあります。いずれにせよ、むくみの症状がひどい場合は専門医の受診が必要となります。
よく「ダイエットをするとむくむ」という人がいますが、余程の厳しいダイエットを持続しているときでしょう。摂取カロリーを極端に減らしたり、脂肪を減らそうとするあまり、結果的にタンパク質摂取を極端に制限し、逆に炭水化物ばかりの摂取をすることで、肝臓でつくられるアルブミンが合成できなくなり、低タンパク血症となって上記に説明したような状況になるとともに、ビタミンB1の消費が起こるからです。
ダイエットをしていなくても、アルコール依存症で、つまみも食べずにお酒ばかり飲んでいる方も、アルコールを代謝するために必須のビタミンB1を消費するので、このような状況に陥ります。
一方で、先ほど説明したダイエットにおいてバランスの良い食事をしながらのダイエットなら良いのですが、ビタミン(とくにビタミンB1)不足によるむくみもあります。ビタミンB1が欠乏すると神経伝達障害が起こり、足のむくみやしびれなど、俗にいう「脚気(かっけ)」になります。この状態でダイエットを続けると、心臓機能に影響して脚気心を引き起こし、心不全による全身性のむくみを引き起こすこともあります。
また、中枢性にビタミンB1が欠乏し、作話症などともいわれるコルサコフ症候群、記憶力障害を引き起こすウエルニッケ脳症にまでなります。同時に空腹感にさいなまれて、水分が過摂取となることで、低浸透圧性のむくみも引き起こされます。
特定の病気が否定された上での、むくみとその解消方法をお教えします。
まずは食事に気をつけること。バランスの良い食事、とくに、塩分を控えた素材のうまみを堪能する食事がおすすめです。たとえば、コンビニ食、冷凍食品、ファストフード、インスタント食品などには多くの塩分が含まれています。冷凍食品やインスタント食品などの裏面の食品成分表を注意してみると、こんなに食塩を使っているのかと驚かれると思います。できれば一日10g以下に塩分を抑える努力をしましょう。お酢やトウガラシなどの香辛料を適度に使うことで、塩分摂取を抑えることは十分可能です。食べ方にも気をつけていただきたいですね。
「忙しいから」「時間がないから」と一つの食材の“どか食い”をするのは避け、良質な食材を少しずつ多品種味わって食べることが重要です。
「水分はたくさん飲んでも平気」という無責任なネットを拝見しますが、過剰な水分摂取はナトリウムの排泄を促してしまい、低ナトリウム性のむくみを引き起こすため、注意が必要です。生命維持に必要な水ですが、1日に摂取する量として、
活動レベルの低い人(汗をかかない人) → 2.3リットル〜2.5リットル
活動レベルが高い人(汗をかく人) → 3.3リットル〜3.5リットル
と考えられています。この水は食材に含まれる水分、栄養を代謝するときに発生する代謝水も含まれていますから、これほど飲用する必要はありません。
しかし、日本人の水分摂取量は天候に極めて左右されるうえ、欧米人に比べて水分含有量の多い料理を摂取しているので、欧米の目安である必要水分量の70〜80%の飲水は当てはまりません。基本的な目安としての概算ですが、1日必要水分の60%程度と考えれば良いのではないでしょうか?
すなわち、1リットル〜1.5リットルくらいを目安にしてください。もちろん、汗をかけばまた別です。「(汗もかかずに)1日強制的に2リットルの水を飲みましょう。水は基礎代謝を上げて美容に良い」というのは乱暴な理論です。
ただし、飲酒後の就寝前には、絶対コップ2杯くらいの水は飲んでから就寝してください。夜間就寝時のアルコールの代謝に伴う脱水による、血液濃縮によって発症する脳血管疾患のリスクが有意に低下するという研究があります。
そして、からだを冷やさずに血行を維持できるように保温・加温することも重要です。立ち仕事が要求されるお仕事であれば、立ちながらでも足のストレッチ、屈伸、ふくらはぎの筋肉を伸ばす、弾性ストッキングの使用、下から上へのマッサージなど、要するに下に澱んだ水分を心臓にまで持ち上げてやるのを助ければ良いのです。
椅子に座るタイミングがあれば、行儀が悪くても足を椅子や机に持ち上げることです。これだけでも結構効果があります。翌日にむくみを残したくなければ、入浴時に足を心臓より持ち上げながら、ぬるめのお湯で少し火照るくらい長い時間入浴するのも効果があります。
睡眠時には、足の下に枕を置いて心臓の位置より足を持ち上げて寝ると、とても効果があります。冷え性の方はとにかく冷やさないように注意しましょう。
女性は生理のときに、鎮痛剤を服用することも少なからずあると思います。最近の鎮痛薬は副作用も少なく、とても有効で安心して使えるのですが、残念ながら腎臓での尿の再吸収を促進してしまい、その結果、副作用としてむくみを訴える方もいます。原因はわかっているのですから、上手に付き合い、効率的にお薬を使用するのが良いでしょう。
(文・長谷川真弓)
この記事の監修
聖マリアンナ医科大学 特任教授
日本臨床薬理学会 認定薬剤師/日本臨床薬理学会 指導薬剤師
井上 肇(いのうえ はじめ)
星薬科大学薬学部卒、同大学院薬学研究科修了。聖マリアンナ医科大学・形成外科学教室内幹細胞再生医学(アンファー寄附)講座 特任教授及び講座代表。幹細胞を用いた再生医療研究、毛髪再生研究、食育からの生活習慣病の予防医学的研究、アンチエイジング研究を展開している。
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