聖マリアンナ医科大学 特任教授
井上 肇(いのうえ はじめ)
便秘になるとお腹が痛くてつらくなるだけでなく、肌荒れや口臭悪化などを引き起こす恐れがあります。
しかしなぜ便秘になると、一見関係なさそうな肌や口臭にまで悪影響を与えてしまうのでしょうか。
今回は、便秘になると肌荒れが起きる原因やそのメカニズム、便秘解消のために心がけたい食生活などをご紹介します。
私たちが食物を食べると、胃や腸で消化されて栄養素が取り出されます。 この栄養素(アミノ酸、ブドウ糖、脂肪酸)が小腸で吸収された後は、残渣(ざんさ)という便のもととなるカスが残ります。 この残渣が、大腸で余分な水分を吸収されることで、水溶性の下痢とならず便となって排泄されるのです。
個人差があるものの、食べ物をとり入れてから便として排泄されるまでには大体16〜24時間程度必要とされています。
便秘は、余分な水分を取り除く大腸の工程が長引いたり、水分が取り除かれ過ぎて便が乾燥したりして、滑りが悪くなったり体積が減ることによって起こります。 それにより、腸内に便があると認識できなくなり、便意が誘発されずにたまっていってしまうのです。
普段は、大腸には便を栄養にして腸内細菌が一定数住み着いて私たちの身体を感染から守ってくれているのですが、便秘をすると便の鮮度が下がり腐敗してしまいます。 すると、乳酸菌や大腸菌は栄養として便を利用できず減少していき、代わりに悪玉菌と称される腸内細菌が増殖していきます。
腐敗した便や悪玉腸内細菌からは、身体に有害な硫黄酸化物や窒素酸化物などのメルカプタン、アンモニア系のガスを発生するようになります。
便秘したり、正常な腸内細菌の分布が崩れると、オナラがとても臭くなったり、便が強い匂いを発するのを経験した方もいらっしゃるでしょう。
この臭気物質や有毒物質は、オナラや便だけにとどまらず腸内から吸収されて、全身を循環します。
便秘をすると肌荒れが起こったり、体臭や口臭が強くなったりというのは、このようなメカニズムによるものです。
私たちの腸の運動は自律神経によって調節されています。そのため、自分の意思で止めたり、早めたりすることはできません。
この調節が崩れるから便秘になるか、便秘になるから神経調節が崩れるのか、因果関係はともかく自律神経の障害も肌荒れとして現れてくると思ってください。
腸内の有毒成分にせよ、自律神経失調にせよ、身体は大きなストレスを受けます。女性の場合、こういったストレスに対し副腎皮質ホルモンや男性ホルモンの分泌が進み、そのストレスに抵抗しようと頑張ります。
しかし、こういったホルモンは皮脂腺の働きを活発にしたり、体毛を増やしたりしてしまうのです。
その結果、皮脂腺の比較的多い顔の部分に肌荒れが起きたり、上口唇や下顎周囲の産毛(男でいうヒゲ)が濃くなったりします。
一方で、過敏性腸症候群という病態が最近増えています。原因は明確には解明されていませんが、肉体的・精神的ストレスが大きな原因を占めると言われています。
腸はセカンドブレイン(第二の脳)と呼ばれ、ストレスが消化管運動に密接に反映されます。 この過敏性腸症候群は、男女差があって男性が罹患すると頻回の下痢に、女性の場合は腸内ガスの異常産生と便秘に悩まされることが多いです。
男性よりも女性が便秘をしやすいというのは、あまり正しくありません。 男性でも便秘に悩む方はたくさんいます。よく便秘は、2~3日排便を見ない人を便秘と定義すると書かれていることが多いですが、それは正確な表現ではありません。
たとえ4日に一度の排便でも、排便を見ない間も腹部に違和感を持たず、排便後にいつもすっきり感を持てるのであれば、これは便秘ではありません。
逆に毎日排便しても、いつもお腹に便が残っている感覚(残便感)が続けばこれは便秘と考えてください。
基本的に女性は体重増加を恐れ、食事の摂取量が少なめです。同時に、便の嵩を増やすような繊維質(ゴボウやレンコンなどの割合硬い食材)の食事が少ない傾向にあります。そのため、食物残渣が少ない(低残渣食)傾向にあるので、大腸内に残渣や便が蓄積していると認識しないことが挙げられます。
さらに、男性に比べて女性の腹直筋は発達していないため腹筋が弱く、排便時の力が弱くて便秘になることもあります。
老人性の便秘は、ほぼこの腹筋の低下に由来するものです。
高繊維質の食生活を心がけると、案外低カロリーで満腹感も得られます。
さらに、繊維が腸内で膨張し便意を促進するだけでなく、繊維は有害物質を吸着する働きもあるので、便の匂いもガスも減らすことができるのです。
「ダイエットのために過度な食事制限をしている」
「便が多くなるから食事量を増やすのは嫌!」
「野菜は嫌いだから肉ばかり食べている」
このように低残渣食ばかり食べて、運動をしないでいれば腹筋が弱り便秘がますます悪化してしまいます。
便秘にならないためには、まず何よりも毎日決まった時間にトイレに座る習慣をつけてください。適度な運動は腹筋を強化するとともに消化管の運動を促すので、今までエスカレーターだった駅の乗り降りを階段に変更するなどの工夫が重要です。
男性が便秘を訴える場合、先に述べた過敏性腸症候群が潜在的に隠れている時があります。 また、仕事で強度なストレス環境に置かれると、交感神経が常に緊張した状況に置かれるため、消化管運動は極端に抑制されます。他にも、日々のなかで会議が連続すると、自分のライフスタイルに沿った排便行動ができなくなり便秘になりやすくなったりもします。
これらの結果、便秘になるというプロセスが多いです。
男性は女性のように便秘による肌荒れよりも、体臭で悩まれている方が多いと思われます。
お母様方は、赤ちゃんの便秘をしばしば経験します。これは、赤ちゃんの腸内はまだ腸内フローラがしっかり形成されていないこと、基本的に母乳や人工栄養で、繊維質を含まない栄養であることが原因だと考えられます。
新生児の肌荒れは、肌のバリア機能がまだしっかりしていないために僅かな肌刺激でも炎症(肌荒れ)が起きるため、アトピー性皮膚炎を伴うこともあります。
そのため、肌荒れが起きた際は便秘が原因とは考えずに全身性の疾患を疑うことが大切です。
便秘の治療は、まず食事と生活習慣の改善が必要です。それでもなかなか治らない頑固な便秘については、薬物治療が必要になります。
便秘は大きく弛緩性便秘と痙攣性便秘の2種類に分けられます。割合としては、弛緩性便秘の割合が多いですが、便秘だからといって自己判断で安易に市販薬を服用すべきではありません。
現在広く用いられている下剤は、大腸刺激性下剤、膨張性下剤です。塩類下剤などもありますがこれは、大腸検査などの際に用いられています。
たかが便秘といっても、その陰に大腸ガンなどの大変大きな病気が潜んでいるケースもあります。便秘を甘く見ず、消化器を専門とする病院を訪れることをお勧めいたします。
現在最も広く用いられている下剤は、センナという生薬から抽出したセンノシドという大腸を刺激する成分を含んでいます。また、痙攣性便秘などでは酸化マグネシウムなどが汎用されます。色々な種類がありますが、にわか知識で一般の方が用いると事故を起こしますから、便秘の原因を突き止めた上で、下剤を選ぶべきでしょう。したがって、これ以上ここでは言及いたしません。
便秘薬の服用に関しては、間違った思い込みが多いのが現状です。「下剤は1回の服用で解消したら、次の便秘まで飲まなくて良い」と考えている人が結構多いですが、これは違います。
確かに便秘薬を服用することで、排便は完了します。しかし、このような患者さんはすぐに次の便が直腸にまで到達しないので、また便秘になります。 そもそも便秘に悩む患者さんのほとんどが、消化管運動が一定のリズムを持たないことで、排便習慣がついていない方です。
そのため、一時的な服用で一旦は便秘が解消しても、しばらくは服用を継続して排便の習慣をつけた上で便秘薬を止めるべきなのです。
腸内細菌の乱れも便秘につながります。普段から乳酸菌などを含む発酵食品を積極的に摂取したり、これら細菌の餌となるオリゴ糖などを含む食品などをプレビオティクスとして摂取したりすることは大変重要です。
また、繊維質の食材をしっかりとるように心がけましょう。案外知られていないのが、日本茶などちゃんと茶葉から出したお茶にはたくさんの繊維が含まれているので有効だということ。
薬ばかりに頼りたくないという患者さんもおりますが、一度下剤等で腸内環境をリセットしてから、正しい腸内フローラを整えるようにしましょう。自分が美味しいと思うヨーグルトなどを積極的に摂取し、規則正しい排便習慣をつけることが一番です。
最近は牛乳から自分で作るヨーグルトも出ていますので、できたヨーグルトにお好きなフルーツとかハチミツなどを添加するのも良いでしょう。さらに、味噌汁にヨーグルトを入れるという方法もあります。
腸内フローラを整えるには、食生活を見直すだけでなく運動をとり入れたり、時には病院で処方された薬を服用したりすることが大切です。
「男性は便秘になりにくい」「薬はすぐに止めて良い」など間違った情報に惑わされずに、正しい対処法を身につけておきましょう。
この記事の監修
聖マリアンナ医科大学 特任教授
日本臨床薬理学会 認定薬剤師/日本臨床薬理学会 指導薬剤師
井上 肇(いのうえ はじめ)
星薬科大学薬学部卒、同大学院薬学研究科修了。聖マリアンナ医科大学・形成外科学教室内幹細胞再生医学(アンファー寄附)講座 特任教授及び講座代表。幹細胞を用いた再生医療研究、毛髪再生研究、食育からの生活習慣病の予防医学的研究、アンチエイジング研究を展開している。
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